日本企業がイスラム教徒と働く上で知っておくべきことは?

 「イスラム教」と聞いて思い浮かぶのはどのようなイメージでしょうか。断食や礼拝、頭に布を巻いていることから、異文化そのものといったイメージを抱いている方も少なくないのではないでしょうか。

 確かに日本では、学校や会社でも日常的にイスラム教徒(以下ムスリム)と関わる機会は少ないかもしれません。

 今回はムスリムの方と関わる機会がなかった方々に少しでも一緒に働くイメージをもっていただけるよう、イスラム教についての概要を説明し、実際に日本で働いているムスリムの方のインタビューをご紹介します。

イスラム教について

 イスラム教は中東や東南アジアを中心に2020年時点で19億人もの信徒を抱え、キリスト教、仏教に並ぶ世界三大宗教のうちの一つの宗教です。

 イスラム教には様々な決まり事があり、実行すべき義務が5つ、信仰すべきものが6つ定められています。そのうち働く上で直接関係があるものは5つの義務のうちの2つ、「断食」と「礼拝」のみです。

断食について

 断食とは?

   断食とは1年に1回、1か月間は日の出前から日没までは飲食をしてはいけないというものです。その期間のことを「ラマダン」と呼びます。2021年のラマダンは4月13日から5月12日まででした。

 断食を行う理由は主に食料が手に入らない苦しみを味わうことで自然の恵みに感謝  する心をもつため、またはイスラム教と改めて向き合い信仰心を深めるためといった  ものがあります。

 

 周りが気をつけることは?

  日中は言葉通り飲食をしない生活を1か月続けるため、ランチに誘っても断られることがあります。また、時には周囲の配慮が必要になることがあります。例えば体力が必要な業務、現場作業等体調面で心配な時は、必ず本人と相談しましょう。

  礼拝について

  礼拝とは?

  礼拝とは、イスラム教の聖地メッカの方角にお祈りをすることを指します。礼拝は  1日に5回(日の出前・正午頃・午後・日没時・夜)、それぞれ5〜10分程度行われ  ます。

2022年1月1日を例にとると、5時19分、11時49分、14時24分、16時45分、18時4分  が礼拝の時間に当たります。

     (東京ジャーミイ 礼拝時刻表 https://tokyocamii.org/ja/salat-timetable/

  周りが気をつけることは?

   お祈りについて、「毎回、礼拝堂(モスク)にいくの?」「お祈りは30分くらいかかるの?」というイメージをよく耳にします。でも、実は以下のようにとてもシンプ  ルで、少しの配慮で対応ができてしまいます。

   <お祈りの流れ>

   1 身体の一部を水で清める

   2 礼拝を始めると決意する

   3 礼拝を行う

   上記の流れは、個人差はあるものの、5〜10分前後で終わります。

   <会社側の配慮>

   1 簡易的な水場を用意する

   2 周りから見えないスペースを確保する

   3 礼拝の時間に5~10分席を離れることを理解しておく

 礼拝は各回5〜10分程度で済み、5回のうち勤務時間に関わるのは多くても3回までです。更にお昼休憩で1回分の礼拝をすることができるため、仕事中に礼拝に時間を  割くのは長くても20分程度です。また、礼拝のための特別な施設が必要になる訳では  なく、腕や足などを濡らして清めるための水場、周りから見えないスペースが確保で  きれば充分です。

   加えてムスリムの男性は金曜日に礼拝堂で集団で礼拝を行います。そのためお昼休みを長くとり、代わりに出社時間や退社時間を調節して勤務時間を確保する方もいま  す。勤務時間を減らすのではなく礼拝分の勤務時間を柔軟に調整することで、他の社  員と同様の勤務時間を確保することができます。

 ヒジャブについて

  

 ヒジャブとは?

  ムスリムの女性はヒジャブと呼ばれる布を頭に着用します。

  異性の視線を避けるために着用するともいわれているもので、個人差はありますが外出中や複数人といる時など1日のうちの大半をヒジャブをつけて過ごします。

 周りが気をつけることは?

ヒジャブについて、「ムスリム女性がつける飾り」「公共の場では外してほしいのに…」といった考えをもつ方も少なくありません。

ヒジャブはよく「民族衣装」や「飾りもの」と見られることもありますが、ムスリ  ムは、宗教的にヒジャブを着用しています。

そのため、基本的には仕事場などの公共の場所でも着用します。ヒジャブを外すこ  とを強要することがないようにしましょう。

イスラム教の決まりについていくつかおさらいしてみて、思っていたことと違うところはありましたか?

 続いて、ムスリムが日本で働いてみてどのように感じたのか、インタビューをご紹介します。

日本で働くムスリム 
某国立大学勤務2年目 C.Dさん

―日本で働く上で心配だったことは何ですか?

日本語での会話や読み書きができないのでコミュニケーションがとれるかどうか心配でした。特に漢字が読めないので売っている食べ物の成分表示が読めないことが不安でした。

ー日本で働いてみて、宗教的な問題はありましたか?

幸運なことにあまり問題はありませんでした。断食中に授業をすることはやはり大変 でしたが、断食の期間は通常より1時間半から2時間ほど早く帰宅することができるなど 柔軟に対応してくれました。他の大学や他の職業では対応が難しいこともあるだろうと 思います。

食事に関しても、売っている食べ物の漢字が読めず豚肉が入っているか分からないこ ともありましたが翻訳アプリを使って対応できました。食堂ではメニューに豚や牛の  マークがついていて分かりやすかったです。

強いて言うなら、日本人はあまりムスリムを見慣れないのか、服装を見て驚かれるこ とが多かったです。怖がられてしまうのか、電車に乗った時に二度見されたり、混んで いるのに誰も隣に座らなかったりすることもありました。また大学には礼拝のための場 所がありましたが、家の近所に礼拝所があまりなく、一番近い所でも電車で30分かかり ました。

続いて、実際にムスリムを社員として採用している企業がムスリムを受け入れる上で配慮したことについてご紹介します。

企業として何に気を付けるべきか 受け入れ実施企業によるアドバイス

【質問】

①オフィスについてムスリムに配慮した点はありますか?

  はい。礼拝のスペースを設けました。弊社のオフィスは小さいので、部屋の隅の倉庫の前にこのように設けました。

②リモートワークの際に、ムスリムと働くことによる変化(=非ムスリムのみと働く際との差)はありますか。

 相手がムスリムの場合金曜日のお昼12時から14時、14時から15時は礼拝があるのでその時間帯は会議を入れないようにしています。ムスリムかどうかに関係なく従業員と仕事のコミュニケーションを充分にとるようにしています。

③ムスリムの従業員の方からオフィスや働き方について要望はありましたか。 

 礼拝についての相談がありました。金曜日のお祈りではモスクに行くことが多いですが、日本ではモスクまで片道30分かかることも少なくありません。ムスリムからすれば、お祈りには行きたいけどお昼休みの1時間では時間が足りません。そこで、お昼休みを2時間設けて、早出や残業、あるいは他の曜日に振り分けることでバランスをとっています。そこに対して企業が理解を示さないと、働き方への従業員の満足度が低くなってしまうと感じています。

 また、ラマダン明けの祝日を半休、または全休にしたい、あるいはいつもより遅く出社したいという相談がありました。そのような時は基本的に本人と相談して働き方を決めています。ムスリムに限らず、不足分をどうフォローするか相談してバランスをとり、不平等な状態にならないようにしています。

④その他、ムスリムと働くことについてのアドバイスや感じたことがございましたらお願い致します。

 ダイバーシティと特別扱いは区別することが大切です。ムスリムだからといって1人だけに休憩時間を与えられないですよね。特別扱いはできません。ですから特別扱いではなく、全員が対応できるようなルールにすればよいと考えています。例えば全員に15分休憩を与えるなど。ダイバーシティと特別扱いの狭間をなくすことを意識しています。ムスリムに限らず、子供をもつ方や体調面に不安がある方に対してもそれは変わりません。特別扱いではなく誰もが働きやすい環境を目指しています。

 みんなそれぞれ特徴や違いがあるので、そこに合わせていくことは今後更に求められることだと思います。

まとめ

 ムスリムは…

・キリスト教、仏教に並ぶ世界三大宗教

・イスラム教の決まりのうち、働くときに関係があるのは「断食」「礼拝」だけ

・会社が用意するのは礼拝用の簡単な水場とスペースだけ

 いかがでしたか?

 難しそうに思えるイスラム教ですが、ムスリムについて正しく知ると、実は他の社員と働き方はあまり変わりありません。

これを機に、職場に様々な国からのムスリムを受け入れることを検討してみてはいかがでしょうか。

著者:

渡辺麻友(わたなべ まゆ)
東京外国語大学国際社会学部東南アジア地域/インドネシア語専攻 在籍
インドネシアのガジャ・マダ大学 留学