技能実習制度から育成就労制度へ: シリーズ「日本で働く外国人」②
はじめに
日本では、外国人労働者の受け入れが急増しており、その数は年々増加しています。日本で外国人労働者を受け入れる主な制度として、「技能実習制度」と「特定技能制度」があります。前回の記事では、これらの制度の基本的な目的や運用方法について詳しく解説しました。
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ところで、これらの制度には労働環境や失踪問題など、多くの課題があることをご存知でしょうか。このような背景から、技能実習制度の廃止と新たに「育成就労制度」の導入が国会で決定されました。この育成就労制度は、2027年から段階的に導入が始まり、2030年には完全に移行する予定です。そこで本記事では、外国人技能実習制度の現状と課題、そして新たに導入される育成就労制度の概要と期待される効果について詳しく解説します。この記事を通じて、日本における外国人受け入れの課題と今後の展望について皆様で理解を深めていければ幸いです。
1. 技能実習制度の課題
技能実習制度を適切に運営するために、監理団体になるための許可基準の制定など、さまざまな仕組みが整えられていることを前回の記事で説明しました。しかし、実際の現場では多くの問題が報告されています。中でも大きな課題の一つとして、「失踪」問題があります。これは日本で就労中に職場から失踪してしまう外国人労働者のことで、法務省によると、令和4年には9000人以上の行方不明が確認されています。なぜこのような問題が生じているのか、外国人労働者受け入れの現状を見ていきましょう。
1.1 労働環境の問題
技能実習生はしばしば過酷な労働条件のもとで働いていると報告されています。厚生労働省の調査報告によると、令和4年には全国の技能実習実施期間のうち、7,247件の労働基準関係法令違反が認められました。主な違反事項としては、安全基準の不遵守、割増賃金の未払い、健康診断についての医師等からの意見聴取*1、長時間労働などが挙げられます。具体例として、資格が必要な危険な業務に無資格の技能実習生を従事させるケースや、ある事業所では1ヶ月あたり100時間以上の違法な時間外労働が確認されています。
厚生労働省 技能実習生の実習実施者に対する監督指導、 送検等の状況(令和4年)より抜粋
*1雇用主は、健康診断の結果に異常が認められた従業員について、医師等に受診させて意見聴取をする安全配慮義務がある。
1.2 人権の問題
技能実習生が人権侵害を受けるケースも少なくありません。例えば、パスポートや銀行通帳の取り上げや、自由な外出の制限など、制度上は禁止されている行為が行われているという報告がされています。実習生の失踪問題についても、これらの労働環境や人権問題が大きく関係していると言えます。法務省の調査によると、失踪した技能実習生2873人に関わる実習実施機関を調査した結果、残業時間不払い(231人)、割増賃金不払い(195人)など、759人に関して実習実施機関の不正行為が認められています。実習実施機関による不当な受け入れの現状が、失踪の大きな原因の一つであると言えるでしょう。
1.3 転籍の問題
技能実習制度の大部分は、監理団体が実習生を受け入れて、その傘下の企業等で実習が行われる団体監理型の受け入れ方式をとっています。この場合、実習生は監理団体に従うため、職場を自由に選ぶことができません。また、技能実習1号と2号の3年間において、会社の倒産など「やむを得ない事情」を除き、原則として自由に転籍することができません。これにより、劣悪な労働条件やパワハラなどが生じやすくなっています。また、転籍ができないため、職場から逃げ出して失踪してしまったり、違法労働や不法滞在につながってしまうことも懸念されます。
1.4 実習生の借金問題
技能実習生が来日前に借金を抱えているという問題もあります。令和3年の法務省の調査によると、来日前に母国で借金をしている技能実習生の割合は、カンボジア83.6%、ベトナム80%、ミャンマー47.9%など、平均で54.7%となっています。また、借金額の平均値は54万円です。一方で、来日前に送り出し機関または仲介者に対して支払った費用の平均は約54万円となっています。制度上、技能実習生として日本で働くには来日前に送出機関で研修を受ける必要がありますが、必要以上に高額な手数料をとる送出機関の存在が問題となっています。
2. 新しく始まる育成就労制度
これらの課題を踏まえ、2024年に新しく導入される育成就労制度は、技能実習制度の問題点を解消し、外国人労働者の受け入れをより効果的に進めることを目指しています。では、その詳細を見ていきましょう。
2.1 育成就労制度の目的と概要
育成就労制度の目的は、特定技能1号レベルの技能を持つ人材を育成し、その分野における人材を確保することです。技能実習制度は、日本の技能を途上国に伝えることを目的としており、実習生の帰国を前提としています。一方で育成就労制度は、長期にわたり日本の産業を支える人材の育成と確保という目的が明確になり、特定技能制度とのつながりが強化されました。
2.2 外国人にとって魅力的な制度へ
外国からの労働力の必要性が増加する中で、外国人にとって日本がより魅力的な選択肢となるように、就労育成制度では具体的に以下の点が強調されています。
将来的なキャリアアップの道
まず、育成就労制度の導入により、外国人労働者が将来的なキャリアアップの道筋を描きやすくなります。育成就労制度では特定技能1号レベルの技能の育成を行うため、特定技能への移行を見据えたキャリアアップが容易になります。また、育成就労期間を修了した後でも特定技能1号への移行試験に不合格だった場合、同じ受け入れ企業等での就労を最大1年延長し、再受験に挑戦できるようになります。
転籍の自由
次に、転籍の制限が緩和されます。技能実習制度では「やむを得ない事情」でしか転籍が認められませんでしたが、育成就労制度では一年以上同じ受け入れ企業で働いた場合、「本人の意向による転籍」が認められます。さらに、監理団体やハローワークなどが連携して転籍支援も行われるため、外国人が働きやすい環境の整備と労働者としての権利向上が期待できます。
監理・支援・保護体制の強化
労働環境や人権侵害の課題に対処するために、育成就労制度では外国人技能実習機構が改組されます。そして新しい機構により、受け入れ企業への監督指導や外国人への支援・保護機能が強化されます。また、特定技能外国人への相談援助業務や労働基準監督署との連携も強化されます。加えて、受入れ機関と監理団体の許可要件を見直して厳格に審査することで、労働基準法違反などを行う悪質な業者を排除することを目指します。
送出機関の適正化
送出し国にある送出機関の適正化も重要です。来日前の借金問題などを解決するため、送出機関に手数料等の情報公開を求め、透明性を高めます。また、送出し国政府との2国間取り決め(MOU)を新たに作成し、悪質な送出機関の排除を目指します。さらに、受入れ企業等が来日前の手数料を負担するなど、外国人労働者の負担を減らす制度が導入される方針です。
日本語能力の向上方策
日本語能力の向上策として、就労開始前に日本語能力検定N5相当以上の試験に合格するか、もしくは来日直後の日本語講習の受講を義務付けます。また、日本語教育支援に取り組んでいる受入れ企業等は「優良受入れ機関」となり、優遇措置が取られることになります。
地域社会との共生
最後に、育成就労制度では地域社会との共生を目指しています。育成就労制度では外国人が地域に根付き、共生できることを目標にしています。地方自治体の役割として、地域協議会に積極的に参加し、共生社会や地域産業政策の観点から、外国人材受け入れ環境の整備などを推進することが期待されています。
まとめ
今回の記事では、技能実習制度が抱えるいくつかの課題を解説しました。そして、これらの課題を解決するために2027年に新たに導入が予定されている育成就労制度について、注目のポイントを解説しました。この制度で、外国人労働者が安心して働ける環境の整備が進み、日本社会全体にも大きな利益をもたらすでしょう。
これからの時代、外国人が国内の労働力として重要な役割を果たすことは間違いありません。身近な存在となっている外国人労働者について、日本人・外国人の双方が歩み寄る姿勢が大事であると私は考えています。
前回、そして今回の記事を通して、外国人がどのような制度で来日し、現在どのような課題があり、そしてこれからどのように変わろうとしているのかについて、みなさんで考えるヒントになればいいと思います。国籍の違いを超えて共に働き、共に成長していける未来に向けて、「シリーズ 日本で働く外国人」の記事を通して、引き続きさまざまな情報を共有していきます。
著者:
緒方諒(おがたりょう)
2022~ 慶應義塾大学総合政策学部 在籍
2023年9月~2024年6月 ジョグジャカルタ州立大学 留学
参考資料
厚生労働省 技能実習生の実習実施者に対する監督指導、 送検等の状況(令和4年)
法務省 技能実習制度の運用に関するプロジェクトチームの調査・検討結果 概要
法務省 技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議(第1回)資料