インドネシア現地大学と提携した企業の80%が採用で失敗するわけ

日本企業のインドネシア人採用スキームの課題と成功条件

近年、インドネシア人材の採用に関するニュースを目にする機会が急増しています。特にここ1年ほどは、「日本企業がインドネシアの大学と業務提携(MoU)を締結」「大学訪問を実施」「インドネシア高度人材採用を強化」といった発表が、毎週のように出されています。

背景にあるのは、日本国内における深刻な人手不足です。製造業、IT、建設、サービス業など、幅広い業界で採用難が続いており、国内採用だけでは必要な人材を確保できない状況が常態化しています。特に地方企業や中小企業では、日本人若年層の採用が年々難しくなっており、「そもそも応募が来ない」という悩みを抱える企業も少なくありません。

さらに、これまで外国人採用市場を牽引してきたベトナムでは、人件費上昇や日本離れが進み、日本企業にとって採用難易度が高まっています。円安の影響もあり、以前のように「日本で働くこと」が圧倒的な魅力ではなくなりつつあります。その代替先として、若年人口が豊富で親日的なインドネシアに注目が集まっているのです。

インドネシアは約2.8億人の人口を抱え、平均年齢も若く、今後も労働人口の増加が期待されています。また、日本のアニメや文化への親和性も高く、日本企業に対して比較的ポジティブなイメージを持つ学生も多く存在します。そのため、多くの日本企業が「次はインドネシアだ」と考え、現地大学との提携を急速に進めています。

しかし実際のところ、日本企業とインドネシアの大学との業務提携は、本当に機能しているのでしょうか。

今回、複数のインドネシアの大学を実際に訪問し、大学関係者、キャリアセンター、教授、現地エージェントなどへのヒアリングを行いました。その結果、多くの業務提携が「形だけ」で終わっている一方で、一部では継続的な採用成果につながっているモデルも存在していることが分かりました。

本記事では、インドネシアの大学側の事情、日本企業側が抱える課題、そして実際に成果を出している採用スキームについて、現地でのヒアリング内容をもとに整理して解説します。


インドネシアの大学でMoUが量産される理由

まず理解しなければならないのは、インドネシアの大学にとって「企業との提携」が非常に重要な評価指標になっているという点です。

多くの大学では、企業との業務提携数、つまりMoUの件数がKPIとして扱われています。大学全体だけでなく、各学部単位で「どれだけ企業と連携したか」が数値化され、評価対象になっているケースも少なくありません。もちろん、全ての大学が同じ制度を採用しているわけではありませんが、中堅大学から上位大学にかけては、このようなKPI設計を取り入れている大学が多く見られます。

背景には熾烈な大学ランキング競争との関係があり、インドネシアでは企業や産業界との連携実績が大学評価に直結する傾向があります。また、インドネシアの教育制度ではインターンシップが重視されており、学生の受け入れ先企業を確保することも大学側にとって重要な課題になっています。

さらに、大学間競争が激化する中で、「海外企業と提携している」という実績は学生募集において大きなPR材料になります。特に日本企業との提携は、親世代からの印象も良く、「国際的な大学」というブランド形成にもつながります。つまり、インドネシアの大学側からすると、日本企業との提携には大きなメリットがあるのです。

そのため、日本企業が視察目的で大学を訪問すると、大学側からその場でMoU締結を提案されるケースが珍しくありません。

一方、日本企業側も日本国内での採用難に苦しんでいます。「学生を紹介できる」「大学と提携できる」という提案は非常に魅力的に映るため、具体的な採用設計や運営体制まで十分に議論しないまま、その場の流れでMoUを締結してしまうケースが多く見られます。そして両者は、握手写真を撮影し、プレスリリースを発信し、「インドネシア大学連携」「高度人材採用強化」と大々的に発表します。

しかし実際には、その後の運営体制がほとんど設計されていないことが少なくありません。誰が学生募集を行うのか。日本語教育を誰が担当するのか。採用後のフォローをどうするのか。大学側はどこまで関与するのか。どのようなKPIを置くのか。

本来であれば、こうした実務レベルの設計が必要になりますが、多くの場合、そこまで議論されないまま「提携したこと」がゴールになってしまっています。つまり、実態が伴わない形式的な大学連携になってしまっているのです。

実際、MoUの中身は「お互い協力をしましょう」レベルの内容しか書かれておらず、具体的な取り決めや責任範囲などは明確にされていません。具体的な連携の内容は、「合意覚書(Memorandum of Agreement / MoA)」や「履行契約(Implementatioon Agreement / IA)」として別途締結されます。そのため、MoUだけでは何もアクションベースでの合意は担保されないのです。

ちなみに、全国の47都道府県と20政令指定都市を対象にアンケートを実施したところ、全体の4割超の自治体が締結していることが分かったそうです。

参考リンク:https://www.tokyo-np.co.jp/article/493352


「大学と提携すれば採用できる」という誤解

多くの日本企業は、「大学と提携すれば優秀な学生を採用できる」と考えていますが、実際にはそれほど単純ではありません。特に最近は、「とにかく優秀な人材が欲しい」という理由から、インドネシア大学やバンドン工科大学など、トップ大学だけにアプローチする企業が増えています。

もちろん、大手企業で待遇面やブランド力がある企業であれば、トップ大学の学生に対しても十分な魅力を提示できます。しかし、中小企業の場合は事情が異なります。

インドネシアのトップ大学の学生は、外資系企業、インドネシア国内大手企業、シンガポール企業などとも比較しながら就職活動をしており、日本の地方中小企業が選ばれるハードルは決して低くありません。給与水準、キャリアパス、勤務地、日本語学習負荷、将来性などを総合的に比較した結果、学生側が他社を選ぶケースは珍しくありません。

また、日本企業側も「トップ大学と提携した」という事実に満足してしまい、実際の母集団形成や継続的な採用導線まで設計できていないケースが多く見られます。さらに、日本語を必要とする職種の場合、「大学と提携しただけ」で採用が完結できる大学はほぼ存在しません。

確かに、日本語学科を持つ大学はあります。しかし、日本企業が求めるレベルの日本語力を持ち、かつ専門性も備えた学生だけで十分な母集団を形成できるケースは極めて限られています。特にIT、エンジニア、建設、機械などの理系分野では、優秀な学生ほど日本語未経験であるケースが多く、「提携したらすぐ採用できる」というほど簡単ではありません。

つまり、実際には日本語教育を含めた育成スキームがほぼ必須になるのです。


なぜ採用スキームは途中で崩壊するのか

もちろん、全ての企業が形式的なMoUだけで終わっているわけではありません。中には、母集団形成から面接、採用、日本語教育までを大学側としっかり協議し、詳細なスキームを設計した上で提携を進めている企業もあります。しかし、それでもうまくいかないケースが多いのが実情です。

その理由は、インドネシア高度人材採用には、各フェーズごとに非常に緻密な戦略とオペレーションが必要になるからです。

母集団形成は「大学任せ」では機能しない

最初に多くの企業がつまずくのが、学生の集客です。

どのように学生へアプローチし、どのように魅力を伝え、どのようにエントリーにつなげるのか。この部分を大学側に丸投げしてしまう企業が非常に多く見られます。しかし、大学側はInstagramに簡単な投稿をする程度で終わるケースがほとんどで、企業の魅力や仕事内容、キャリアパスまで十分に伝わることはありません。結果として、応募数も質も安定しなくなります。

本来であれば、どのようなビジュアルを使うのか、どのような文章で訴求するのか、どの学部にアプローチするのかまで細かく設計する必要があります。さらに、インドネシアではSNS投稿だけでは不十分です。

学部ごとのWhatsAppグループは非常に強い情報流通チャネルになっており、そこへどう情報を届けるかが重要になります。また、会社説明会、キャリア相談窓口、卒業生との交流会など、複数施策を組み合わせながら学生との接点を作る必要があります。

しかし、大学側が主体的にそこまで対応してくれるケースはほとんどありません。つまり、採用企業側がどれだけ母集団形成に深く関与できるかが重要なのです。


採用基準のズレが現場で問題を生む

次に発生するのが、現場とマネジメント層との採用基準のズレです。インドネシア採用では、日本国内採用のように何度も対面面接を行うことが難しく、候補者と直接会える機会は限られています。オンライン面接を実施する場合でも、多人数を短期間で選考する必要があるため、一人ひとりに十分な時間をかけることは現実的ではありません。

その結果、採用判断が現場主導かマネジメント主導かによって、大きく方向性が変わってしまいます。

現場側は、「この人が実際に現場で働けるか」という視点で判断するため、どうしても慎重になります。コミュニケーション能力、日本語力、文化適応力などを細かく見ようとするため、基準が厳しくなりすぎるケースがあります。一方で、マネジメント層は「将来的に伸びそうか」「雰囲気が良いか」といった全体感で判断する傾向があります。

その結果、現場と経営層で「欲しい人物像」がズレてしまい、採用後のミスマッチにつながるケースも少なくありません。


最大の壁は日本語教育とモチベーション管理

そして、多くの企業が最も苦戦するのが、日本語教育です。面接が終わり、候補者選定まで順調に進んだとしても、実際にはそこからが本番です。多くの企業では、日本語ゼロの学生を採用対象にしています。そのため、数ヶ月から場合によっては2年近くかけて、日本語教育を行う必要があります。

しかし、自社で日本語教育を運営できる企業はほとんどありません。その結果、現地エージェント、特に技能実習や特定技能を扱う送り出し機関へ丸投げするケースが一般的です。ここに大きな問題があります。

技能実習生や特定技能人材と、インドネシア上位大学の学生では、学習プロセスもモチベーション管理も全く異なります。技能実習生や特定技能人材は、多額の費用を払って送り出し機関に入るため、「絶対に日本へ行く」という強い覚悟があります。一方、大学生は違います。

他にも就職先がありますし、途中辞退しても大きなリスクはありません。特に上位大学では、「coba coba aja(とりあえず試してみようかな)」という軽い感覚で応募する学生も少なくありません。その結果、日本語研修中に大量のドロップアウトが発生します。

実際のヒアリングや実体験ベースでは、日本語研修中の離脱率は少なくとも40%、場合によっては70%近くまで上がるケースもありました。

さらに、日本語学習は短期間で成果が出るものではありません。思うように習熟度が伸びない学生もいますし、大学生活や家庭事情との両立が難しく、途中で離脱するケースもあります。つまり、「大学と提携すれば採用できる」というほど、インドネシア高度人材採用は単純ではないのです。


成功する企業と失敗する企業の違い

ここまで見てきた通り、インドネシア採用では多数の関係者が関わります。しかし、多くの日本企業は「学生」しか見ていません。本当に重要なのは、関係者全体をどう動かすかです。

インドネシアの大学は縦割り組織です。教授だけに話しても進みません。学部長だけ押さえても、現場は動きません。スタッフだけでは意思決定できません。つまり、意思決定者とオペレーション部隊の両方をグリップできるかどうかが最大のポイントになります。

具体的には、教授、キャリアセンター、学部長、学科長、渉外部、卒業生など、それぞれに対して継続的に働きかける必要があります。また、インドネシアでは、日本以上に個人的な信頼関係が重視されます。どれだけ優れたスキームを作っても、信頼関係がなければ組織は動きません。しかし、日本企業の多くは、MoU締結時に一度訪問した後、現地とのコミュニケーション頻度が極端に減ります。

その後は現地エージェント任せになり、大学側も「誰が担当者なのか分からない」という状況になるケースすらあります。これでは、現地組織を動かすことはできません。いかに継続的なコミュニケーションを取り、ウェットな関係性を築けるかが極めて重要なのです。

さらに、成果を出している企業では、採用から教育、入社までのプロセスをリアルタイムで共有しています。採用企業、大学、エージェントがそれぞれバラバラに動くのではなく、学生の応募状況、日本語学習進捗、面接評価、ビザ状況などを継続的に共有しています。また、定期的にオペレーションをモニタリングし、改善サイクルを回しています。

どの大学で離脱率が高いのか。どのタイミングで学生のモチベーションが下がるのか。説明会の内容に問題はないか。日本語教育の設計は適切か。こうした細かい改善を積み重ねている企業ほど、継続的な採用成果につなげています。


日本企業に欠けている「先行投資」という考え方

そもそも、日本企業の外国人採用には「先行投資」という発想がほとんどありません。多くの採用は成果報酬型です。つまり、エージェントから紹介を受け、採用が決定したら紹介料を支払うというモデルです。

そのため、「なるべくリスクを取らず」「なるべく社内リソースを使わず」に採用したいという考え方になりやすいのです。しかし、インドネシア高度人材採用は、その発想では成立しません。日本語教育、ビザ、生活支援、モチベーション管理、大学連携、現地オペレーションなど、採用前から膨大な工数とコストが発生します。しかも、入社まで1〜2年かかるケースも珍しくありません。当然、社内稟議も通りにくくなります。

結果として、少人数でプロジェクトを回すことになり、オペレーション負荷に耐えきれず頓挫するケースが多くなります。しかし、逆に言えば、この「先行投資」をできる企業こそが、長期的に外国人採用で優位性を持てるとも言えます。


インドネシア採用で本当に必要なこと

インドネシア高度人材採用は、「大学と提携すれば採用できる」という単純な話ではありません。母集団形成、日本語教育、モチベーション管理、大学との関係構築、現地オペレーションなど、多くの要素を統合的に設計する必要があります。

理想を言えば、自社でリソースを割き、リスクを取り、採用戦略からオペレーション設計まで主導するのがベストです。もしそれが難しいのであれば、その不足部分を補えるパートナーを探す必要があります。そして、そのパートナーは単なるエージェントではなく、現地での仕組み化、ステークホルダーのグリップ、オペレーション設計まで実行できる存在でなければなりません。

インドネシア採用で本当に成果を出している企業は、単にMoUを締結している企業ではありません。現地を理解し、人を理解し、時間をかけて関係性を構築しながら、採用を「運営」している企業なのです。

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