インドネシアで中国留学が人気に? なぜ今、中国の大学を目指す学生が増えているのか

インドネシアの教育市場で、いま大きな変化が起きています。それは、中国留学と中国語教育の存在感が急速に高まっていることです。

インドネシアの教育市場を継続的に見てきましたが、2026年に現地を訪問した際、その勢いを改めて実感しました。特に印象的だったのが、ジャカルタにある中華系の学校周辺です。ある高校の周辺には、中国語を教える語学スクールが複数存在し、中国の大学への進学を意識して中国語を学ぶ環境が形成されていました。一方で、同じエリアで日本語教育を探してみると、その存在感は非常に限定的でした。

もちろん、一つの地域や学校だけを見てインドネシア全体の傾向を断定することはできません。しかし、現地の高校、大学、留学エージェント、SNSなどを見ていると、「中国留学」という選択肢が以前よりも明確に存在感を持つようになっていることは間違いありません。

では、なぜインドネシアの学生にとって中国留学が魅力的になっているのでしょうか。

関連記事:留学フェアから見る日本語学校・大学の"もったいない"海外募集

中国留学は「中国語留学」から「キャリア型留学」へ

中国には現在、世界191カ国・地域から約38万人の外国人学生が学んでいます。2024~2025年度には、学位取得を目的とする学生が約20万5,000人に達し、その中でも工学分野が27.8%を占め、最も大きな専攻分野となっています。

つまり現在の中国留学は、単に中国語を学ぶための語学留学ではありません。工学、IT、製造、ビジネス、AIなど、将来のキャリアにつながる専門教育を受けるための留学先として中国が選ばれるようになっています。

この変化は、インドネシアとの相性が非常に良いと言えます。

インドネシアでは現在、EV、バッテリー、ニッケル、製造業、デジタル産業、インフラなどの産業が急速に発展しています。そして、こうした分野において中国企業の存在感が非常に大きくなっています。

インドネシアの輸入において中国は最大の供給国であり、中国との貿易関係は年々深まっています。

中国とインドネシアの経済関係が深まるほど、「中国語ができる人材」の価値も高まります。中国留学は、単に「中国で4年間大学生活を送る」という選択ではなく、「中国語と専門性を身につけ、中国とインドネシアをつなぐ人材になる」というキャリア選択として認識され始めているのです。

インドネシアのSNSに出回っている重慶大学の告知

中華系インドネシア人にとって、中国はさらに身近な留学先

中国留学を考える際、インドネシアの中華系コミュニティの存在も無視できません。

インドネシアには長い歴史を持つ華人コミュニティがあり、特にジャカルタなどの都市部では、教育やビジネスを通じて中国との人的・文化的なつながりを持つ家庭も少なくありません。

もちろん、インドネシアの華人系住民を一括りにすることはできません。しかし、一部の中華系家庭では海外教育に投資できる経済的基盤があり、もともと中国文化や中国語に対する心理的な距離が近いことも、中国留学を選びやすくする要因の一つと考えられます。

例えばジャカルタのTzu Chi Schoolは、英語、インドネシア語、中国語の3言語を教育の基盤としています。

また、香港中文大学(深圳)の入学担当者が実際にTzu Chi Secondary Schoolを訪問し、成績上位者の優先入学などについて学校側と協議した事例もあります。

このように、特定の学校では中国・香港の大学と高校との間に、すでに直接的な人材獲得ネットワークが形成されています。

つまり中国側は、学生が高校を卒業してから「中国留学を考えてください」と広告するだけではありません。高校生の段階から学校と接点を持ち、奨学金や大学進学の情報を届けています。

中国への評価そのものが変わってきている

もう一つ重要なのが、インドネシアの若者の間で「中国=安価な製品を作る国」という従来型のイメージから、「中国=技術力の高い国」という認識への変化が進んでいることです。

その象徴の一つがEVです。

中国のEVメーカーであるBYDはインドネシア市場への進出を本格化させています。2024年の販売初年度には15,429台を販売し、インドネシアのバッテリーEV市場で36%のシェアを獲得しました。さらに約10億ドル規模の現地生産拠点を整備し、年間15万台の生産能力を計画しています。

また、Wulingもインドネシアで長く現地生産・販売を展開しており、中国ブランドの自動車がインドネシアの日常生活の中に入ってきています。

これは単なる自動車市場の話ではありません。

街中で中国メーカーのEVが走り、中国企業が工場を建設し、中国製の製品やテクノロジーを日常的に目にするようになると、「中国は技術的に遅れている」というイメージは変わっていきます。

そして、この変化は若者の進路選択にも影響します。

「中国で最新の技術を学ぶ」という選択が、以前よりも現実的なものになっているのです。

ジャカルタ~バンドン高速鉄道も象徴的な存在

インドネシアにおける中国の存在感を象徴するもう一つの例が、ジャカルタとバンドンを結ぶ高速鉄道「Whoosh」です。

このプロジェクトは中国の支援を受けて建設され、2023年に開業しました。中国が関与するインドネシア最大級のインフラプロジェクトの一つです。

さらに中国企業の存在感は、鉄道だけにとどまりません。

インドネシアでは、ニッケルなどの鉱物資源の下流産業化、製造業、エネルギー、工業団地、通信、インフラなど、さまざまな分野で中国企業による投資が進んでいます。

つまりインドネシアの学生にとって、中国は「遠い外国」ではありません。

街を走るEV、工場、鉄道、エネルギー開発、スマートフォン、EC、デジタルサービスなど、生活の中で中国企業の存在を感じる機会が増えています。

その結果、「中国で学ぶ」という選択肢も、以前より身近なものになっていると考えられます。

中国ドラマやアイドル人気も留学需要につながる可能性

そして、もう一つ見逃せないのが、中国のエンターテインメントです。

インドネシアでは近年、中国ドラマ、俳優、アイドル、ショートドラマなどへの関心が高まっています。特に若い世代にとって、TikTokやInstagramなどのSNSを通じて中国のコンテンツに触れる機会は以前とは比較にならないほど増えています。

これは留学市場を考えるうえで非常に重要です。

日本には、「アニメや漫画が好き」ということを入口として、日本語学習や日本旅行、日本留学へ進む流れがあります。

中国でも現在、

C-Drama・中国アイドル → 中国文化への興味 → 中国語学習 → 中国留学

という導線が生まれています。

つまり、中国留学の成長は、大学の広告だけによって生まれているわけではありません。

文化、SNS、言語、大学、企業、キャリアが一つにつながり始めていることが重要なのです。

中国側の「人材獲得競争」はかなり積極的

中国側の動きで特に注目すべきなのは、大学がインドネシアの学生をかなり積極的に獲得しに来ていることです。

英語で学べる工学プログラムを用意し、奨学金を提示し、インドネシア語や英語でSNS広告を出し、高校や大学を直接訪問する。

2024~2025年度には、中国で学ぶ外国人学生のうち約8%が中国政府奨学金を受給しています。

「中国語ができなければ中国の大学には行けない」という時代でもありません。英語で学べる工学・ビジネス系のプログラムも増えており、先に専門分野を学びながら中国語を身につけるという選択肢も広がっています。

今回、筆者がインドネシアのSNS上で目にした中国大学のプロモーションでも、重慶大学の「Mechanical Design, Manufacturing and Automation」の英語開講プログラムがインドネシア語で紹介されていました。

「中国の大学だから中国語が必要」という訴求ではなく、

英語で学べる
+工学系
+中国の大学で学べる
+奨学金
+中国での生活経験

という形で、非常に分かりやすく魅力が伝えられています。

この点は、日本の大学にとって非常に重要な示唆があります。

日本は中国に負けているのか?

もちろん、そう単純に結論づけることはできません。

日本には、中国にはない強力なアドバンテージがあります。

日本では外国人留学生が2025年5月時点で40万8,069人に達しており、日本語教育機関だけでも14万人を超えています。さらに、日本で学んだ外国人がそのまま日本企業に就職するという「留学→就職」のキャリアモデルもすでに確立されています。

インドネシア人にとって、日本は「日本語を学ぶことで日本で仕事をする」という非常に分かりやすい出口を持っています。

一方、中国は現在、「中国語+専門性」を身につけ、中国企業や中国と関係の深いインドネシア企業で働くという新しいキャリアモデルを急速に構築している段階にあります。

ここに、日本の大学が注意すべきポイントがあります。

中国留学の人気は「教育」だけの問題ではない

インドネシアで中国留学が人気になっている背景を考えると、それは単純な大学ランキングや学費の問題ではありません。

中華系コミュニティにとっての文化的な親近感。海外教育に投資できる家庭の存在。中国語教育の普及。そして、中国企業によるEV、製造業、エネルギー、インフラへの進出。さらに、中国ドラマやアイドル、SNSを通じた中国文化の浸透。

これらが複合的に作用しています。

言い換えれば、中国はインドネシアに対して、

「中国を知ってもらう」
「中国語を学んでもらう」
「中国の大学で学んでもらう」
「中国企業とつながってもらう」

という一連のエコシステムを形成しつつあります。

これは、日本にとって決して他人事ではありません。

日本には、アニメ、漫画、ゲーム、食、観光、大学、研究、製造業、そして世界的な日本企業という、非常に強いコンテンツがあります。

問題は、それらがインドネシアの若者に対して「日本留学」という一つのストーリーとして十分につながっているかということです。

これからの海外人材獲得競争では、単に「大学の偏差値が高い」「研究実績がある」と伝えるだけでは、優秀な学生を獲得することは難しくなっていくでしょう。

「なぜ、この国で学ぶのか」

その理由を、文化、教育、テクノロジー、キャリア、そして将来の仕事まで含めて伝えられる国が、優秀な若者を獲得していくことになります。

インドネシアで起きている中国留学人気は、単なる「中国ブーム」ではありません。

それは、中国が教育・文化・経済・テクノロジーを通じて、次世代のインドネシア人材との接点を急速に増やしていることの表れなのではないでしょうか。

そして同時に、日本がインドネシアの優秀な若者に対して、これから何を伝え、どのように選ばれる国になっていくのかを考えるための、大きなヒントでもあります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です